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2005年ユーラシア大陸横断 中華人民共和国編
■通貨 1元=約15円
ポイペットでの勝負を終え、バンコクに戻り、そこから飛行機で昆明に飛び、昆明で10日ほど滞在した後、昆明から北にバスで5時間くらいの所にある大理にやってきた。
大理は古い街並みが残る人気の観光地である。観光地とはいっても滞在費は安く宿代や食費全部含めても一日1000円前後で生活ができるのだ。旅の終盤は一箇所に長期滞在する
パターンが増えてきた。そろそろ旅の疲れが溜まってきたのかもしれない。中国は賭博行為が違法で日本のようにパチンコや競馬もなく一切の賭け事が許されない国である。
当然、賭け事をするつもりはなかったのだが……
12月18日
大理にやってきて早くも6日が経った。毎日やる事と言えば大理周辺の観光地巡りと行きつけの食堂でサーモン定食を食べる事。でも毎日同じような生活をしていたら
飽きがくる。やる事もなく大理から少し離れた下関という少し大きな街をブラブラ歩いていた。そしたら目の前にゲームセンターがあったので入ってみた。しかしゲームセンターと
思って入ったのは賭博場だった。入り口付近ににカモフラージュのための自動車ゲーム機が置いてあるので外から見た感じでは全くの普通のゲーセンなのだが、
中に入ってみると100台以上あるゲーム機はすべて賭博系の機械で大小やスロットマシン。マージャンと様々な機種がある。みんな実際に現金をかけてプレイしている。
客も100人以上いる。見てるとあまりにも楽しそうなのでついつい手を出してしまった。
大小のコーナーでプレイしてみる事にした。サイコロを振るのだけ手動でそれ以外の勝ち負けの計算はすべて自動式。近くにいる女子店員に現金を渡したら機械を操作してチップを足してくれる。もちろん勝ったら帰る際、チップはすべて現金で戻ってくる。
賭博場の壁には「賭博厳禁」との貼り紙があったが、意味が分からない。中国人の客は5元とか10元とか少ない額を賭けて遊んでいる。私も最初のうちは30元とか少ない額で遊んでいたのだが、ついつい
熱くなってしまい、100元とか多いときには600元賭けをしてしまう。6時間くらいプレイして最終的には90元程度の勝ちで終わった。
また何か熱くなるものを見つけてしまった。嫌な予感がするので適当なところでやめることができればいいのだが。
12月19日
結局2日続けて賭博場に通う事になってしまった。賭博場も通っていると毎回客のメンツも同じで、顔を覚えてきた。客で毎回インチキをやっている奴がいて
20歳くらいの遊び人風の奴で話せば気のいい奴なのだがこいつはいつかバレて痛い目にあうだろう。間違いない。用心棒のようなオッさんも見た目とは違い、気のいい奴でタバコをくれたりした。
ただ、私は日本人な上、賭ける額が多いときでは100元以上なので他の客の注目の的となった。あまりこういうところで目立ちたくないものだ。
賭ける額が多い割には行ったり来たりでこの日はプラマイゼロで勝負を終えた。
12月20日 その日事件は起きた
実は昨日まで遊んでいた店以外にも別の店を見つけて目星をつけていたのでこの日そちらの店に行く事にした。店の規模は昨日の店と同じくらいで、客も常に100人以上が入っている。ゲームの種類も多く、大小の
ゲームは昨日の店と違い、全自動式だった。とりあえず女子店員に100元を渡してプレイをはじめた。ここの店も店員が機械を操作してチップを足すシステムなのだ。プレイし始めて10分もしないうちに入り口付近が騒がしくなりはじめた。
何があったんだ?……そう思った瞬間、誰かの叫び声と共に一斉に客や店員が凄い勢いで裏口に向かって走り始めた。すぐに状況は飲み込めた。
おそらく警察のガサ入れだろう。中国といえばちょっとした事で死刑になる国だ。警察の拷問も酷いらしい。捕まったらどんな酷い目に遭うか分からない。
とにかく私も周りの中国人と一緒に一目散に逃げた。脇目もふらず逃げた。逃げて、逃げて、逃げまくった。そしたら裏口から細い路地を通って大通りに出た。
もうここまで来れば大丈夫だろう。とりあえず賭博場の表口にまわって中の様子を伺うことにした。入り口は閉ざされ腕章を付けた私服刑事や制服警官だけが頻繁に出入りしている。
逃げ遅れた客や店員が中で取調べを受けているようだ。しかし、見事に逃げ果せた客は野次馬に混ざって事の成り行きを見守っている。
しばらくすると中から取調べを受けていたと思われる客が放免されて出てきた。どうやら客は捕まってもすぐに帰されるようだ。
しかし、数十分後、後ろ手に手錠をかけられた経営者らしき男が覆面パトカーで連行されていった。それに引き続き10人前後の店員も手錠はかけられていないものの警官に前後を挟まれた状態で連行されていった。
しばらくすると、昨日まで遊んでいた店の用心棒のオッさんが様子を見にきた。「ガサ入れか。お前も中にいたのか?」細かい状況を説明するだけの語学力もなく、適当にうなずいていた。
この賭博場にはじめて足を踏み入れた時から違法であろうという事は分かっていたが、まさか自分がいる時に警察が踏み込んでくるとは夢にも思っていなかった。これだけ堂々と営業しているのだから警察
も黙認しているか、もしくは店側が警察に賄賂を渡して手懐けているものとばかり思っていた。しかしそんな考えは勝手な思い込みに過ぎなかったのである。 結局1時間半くらいしたら警察は帰って行った。
しかし驚くことはまだあった。普通、摘発を受けたら店は営業を続けることは出来ないはずなのだが、なんと店員(逃げ切った奴)が店の前で野次馬に混ざって様子を伺っていた客に
「警察帰ったから入っておいで」と合図を出したのである。そしてまさかとは思ったが、何事も無かったかのように営業が再開されたのだ。
私も機械に残った100元ちょっとのチップは完全に諦めていたのだが、台に戻るとちゃんと残っていた(笑)さすがに警察の摘発後というだけあって客の数は半減して、店員も半分近くが連行されたため、
店の中の人の数はかなり減ったが、客達は何事もなかったかのようにプレイを再開し、時間が経つにつれ客の数もまた増えてきた。俺も機械に残ったチップを回収してすぐに帰ればいいものを
調子に乗ってその後も数時間にわたってプレイを続け、結局1万円という大金を失ってしまった。
実に愚かで馬鹿げた体験だが、海外で貴重な体験ができたと思う。
12月24日
中国なのにクリスマスということで凄い盛り上がり。みんなスプレーを掛け合ってはしゃいでる。私はというとひとりで寂しいクリスマス。
またついつい賭博場に足を運んでしまい(調査のため)気がついたら手が勝手に動いて金を賭けていた。でもちょっと負けを取り戻したのでいいでしょう。
店は摘発後だというのに新しい機種のゲーム機が入荷していたりして完全に警察を舐めきってる(笑)まあ警察の摘発時も逃げ切った店員は店の前で談笑していたくらいなので、
このような事も慣れっこなのだろう。だって100人以上の客と20人前後の店員にたいして捜査員は20人くらいしかいなかったし、裏口も封鎖してないから裏口から逃げ放題だし、
警察も摘発するのなら徹底的にやればいいのに。中途半端でやる気の無いところはやっぱり中国の警察。たまにある摘発は「俺たちはちゃんと仕事をしてるぞ」
という市民に対するアピールなんだろうと思う。まったくもって茶番劇以外のなにものでもない。
2006年1月1日
結局大理には3週間も滞在してしまった。毎日ギャンブル漬けで、俺は海外に来てまで何してるんだろうと少々反省した。でも最後の4日間連勝してなんとかこの旅トータルの負けが8万まで減った。 マカオに行って最後の大勝負をやる予定だったけど、どうやらこの時期は中国の旧正月と重なって移動も宿泊も大変そうなので行けそうもない。 ということで予定を変更してラオス経由でタイに入ってそこから日本に帰ることにした。 ラオスにもカジノがあるらしいし……
これら違法賭博場に関する記事は決して違法行為を助長する ものではありません。2005年のユーラシア大陸横断の途中(中華人民共和国)で立ち寄った以外、国内は勿論、
それ以外の国で違法カジノに足を踏み入れた事はありませんし今後ともその予定はありません。あくまでも遠い昔? の経験談としてお読み頂けたら幸いです。
中国では賭博は違法行為です。私が居合わせた場所では賭博場の客が逮捕される事はなく、事情聴取の後その場で解放されており、客が実際に罰則を受けることは
稀なようですが、地域によって警察の対応が異なる可能性もある為、この記事を読まれた方は絶対にそのような場所に足を運ばないでください。なお中国の「旅のインフォメーション」は記事の性質上掲載しません。
この日、3週間を過ごした大理を離れ、昆明に向かった。
※違法カジノについて
結果 +1190元(約18000円)
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