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usa_50.gif(390 byte) 旅行記後半

8月21日 エルパソのガードナーホテル泊  一泊25ドル

フォートワースに戻り、12時半発のバスに乗り込みエルパソに向かう。長距離バスには食事休憩があるのだが、その食事休憩が終わり出発する間際、いきなり車内に警官2人組が乗り込んできて、乗客一人一人のIDチェックを始めた。そうしているうちに警官の目が私のすぐ後ろの座席の凄まじくガラの悪い黒人2人組にいった、そして、その二人の尋問を始め、「おまえのバックの中を見せろ」ということになり、その黒人男性のバックを開け調べ始めた。すると二人のバックのうちひとつのバックの中から、なんとラップにくるまれた大量の札束が出てきたのである。警官は二人を車外に連行して行った。しかし、しばらくすると二人は証拠不十分なのかどうか知らないがバスに戻ってきて、もといた席に着き、何事もなかったようにバスは再び走り始めた。この凄まじく悪人顔の二人組はいったい何者なんだ?おそらく銀行強盗か麻薬の売人といったところだろう。10時間半かけエルパソに着いたのだが、この10時間半はとても長く感じられた。

23時エルパソ着。
8月22日 メキシコ入国、チワワのホテル泊  一泊11ドル

ついにメキシコだ!物価が安いから今までのひもじい生活とはおさらばできる!腹いっぱい飯食うぞ!と思っていたら、メキシコも案外物価が高く、どうも贅沢できそうにない。それどころか計算してみると残り全財産が2万円ちょっとしかないではないか!そして、この時点で予定よりも早く帰国しなければいけないということが決定的となったのである

昼過ぎ一旦メキシコに入国したのだが、日本円からペソへの両替がどこの銀行や両替所でもできず、アメリカに引き返しアメリカンバンクで手持ちの円をすべてドルに変え、メキシコ再入国。メキシコ入国のためのツーリストカード代が180ペソ(1ペソ=14円だから2600円くらい)もしたのである。国境から目指すチワワまではバスで4時間ちょいだった。
8月23日 チワワのホテル2泊目

街中をブラブラするがたいした見所もない。鉄道駅に明日のクリール行きのチケットを取りに行く。なんか腹の調子が悪い、悪いもんでも食ったか?
8月24日 クリールのマルガリータ泊  一泊2食付、8ドル

高原鉄道に乗り、クリールという小さな村に向かう。6時間でクリール着。この宿で日本人のKENと出会う、KENはメキシコのティファナで強盗に襲われたそうだ。 夜の12時頃ティファナの街の裏通りを歩いていたらいきなり男に首を絞められ持っていた300ドルとカードなどが入った財布を奪われたそうだ。恐ろしい国だ。
8月25日 マルガリータ2泊目

朝早くからKENと近くの丘あたりを散策。タラウマラ人の住居などが見れた。タラウマラ人とも道で何度かすれ違い、タラウマラ人の売り子からミサンガを買った まるでアルプスの少女ハイジの世界だった。昼過ぎ、サカテカスに向かうというKENと別れ、今度は一人でアラレコ湖に行く。もちろん徒歩、往復14キロ、滅茶苦茶疲れた。夕飯の後、外の空気を吸いに出る。教会のまえに犬が二匹いた、のどかだった。
8月26日 ロスモチスのホテル泊  一泊20ドル

昼13時半発の列車でクリールを出発。高原鉄道だけあって車窓からの風景は格別だった。途中から乗ってきたメキシコ人のオヤジがラジカセを持っていて音楽を鳴らし始めた。オヤジが私に「どないやこの音楽、イカしてるやろ?」ときいてきたので、相手にするのがめんどくさかったけど、適当に、「素晴らしい、最高だ」などと言ってたら、オヤジは調子に乗り次から次へとカセットテープを取り出し、色々な曲を私に聞かせ「どうや」などと聞いてくる。そうしてるうちに自分の家族の写真などを取り出し、「これ、わしの嫁はんや、ど~やべっぴんやろ」などと言ってくる。そして別れ際にはカセットテープや写真をくれた。実に陽気なメキシカンだった。深夜1時ロスモチス着。11時間半に及ぶ長旅だった。

クリールの宿で一緒だったカナダ人カップルも一緒の列車に乗っていて、私と同じ宿に泊まるというのでタクシーをシェアして宿に向かう、宿に着くなりカナダ人カップルの女が私に、「3人一緒でトリプルルームに泊まらない?そうしたら宿泊費も安上がりだし」と言ってきた。たしかにトリプルルームに3人で泊まったほうが安上がりだ。でも、相手はカップルだぜ、いくらなんでもカップルと一緒に同じ部屋で一晩を過ごすのには抵抗があるので断った
8月27日 サンタアナのホテル泊  一泊28ドル

ロスモチス~サンタアナ間、バス 途中、軍や警察による検問が4回もあった。そのうち2回は乗客全員がバックを開けて調べられた。11時間後の深夜0時サンタアナ着。バスターミナル前のホテルにチェックイン、「シングルルームにしてくれ」と言ったのになぜかトリプルルームに案内され、泊まってしまう。
8月28日 メキシコ~米国ロサンゼルス間バス内泊

サンタアナ~ノガレス間バス、2時間。 ノガレスでメキシコ~アメリカの国境を越える。タクシーの客引きがうざい。フェニックス行きのバスを4時間待つ。待ち時間に帰りの飛行機の予約の変更をするために航空会社に電話をするが、OPENチケットなのにもかかわらず予約の変更は出来ないとか、言っていることが支離滅裂だ、私が「どうしても8月中に帰らないといけない」と言うと、「じゃ~直接空港にきてください」と言うので「わかりました」と言って電話を切る。この時点で残り全財産は、65ドルとバスパスだけだ、カードも持ってないし、もし帰りの便が取れなかったら9月12日までホームレス生活だ!そんな不安を抱きながら18時フェニックス行きのバスに乗り込む。

ノガレス~フェニックス間3時間半。 フェニックスでもLA行きのバスを3時間待ち。 フェニックス~ロサンゼルス間7時間半、翌朝、8時20分ロサンゼルス着。
8月29日 サンタモニカYH泊  一泊26ドル

ロスに着くなりさそっく空港に向かう。しかし、10時20分の出発時間に間に合わず乗れなかった。というか間に合っても席がなかっただろうけど、そこでカウンターに行き「金が底を尽きたので明日の便で日本に帰りたいんだが、どうにかならないかね?」と言うと、「とりあえず明日の便は予約でいっぱいでして、あさっても席は埋まっていますね、でもキャンセル待ちで、明日の朝もう一度空港にいらしてください」というのでその場を離れる。そして空港に比較的近いサンタモニカのユースホステルにチェックイン。この時点で全財産は30ドルほど
8月30日 

6時半に起き、BIGブルーバスで空港へ、キャンセル待ちのため9時50分まで待つように言われたので椅子に座り待つ。この時点で全財産が27ドルなので、 もしキャンセル待ちで乗れなかったら間違いなく野宿だ!9時50分、そんな不安を抱えながらカウンターに行くと、そこには日本行きのチケットが! FIXチケットだったけど、全く追加料金の事も言われなかった。 ありがとう大韓航空!

日本時間31日13時30分 成田着。
追記

この後、無事帰国しましたが、本来の帰国予定日の9月12日の前日の9月11日、アメリカ同時多発テロが発生しました。 事件の1ヶ月前には現場の一つとなった貿易センタービルも訪問していました。この事件ではたくさんの尊い命が奪われました。 政治的背景は別としてこのような事件が二度と起こらない事を祈らずにはいられません。